TMSもあと3日
現在うつ病の治療で、TMS治療というものを行っている。
うつ病の治療には今まで大きく分けて薬物療法と精神療法(カウンセリングとか)があるのだが、そこに第3の矢として2019年から我が国でも保険適用となったのがTMS治療である。
(TMS:経頭蓋磁気刺激法Transcranial Magnetic Stimulation)
簡単に言えば、磁気を頭に照射して特定部分を刺激、活性化及び抑制し脳神経の本来の繋がりを回復することによってうつ病の改善を図るというものである。
標準的には30回行うものらしいが、今日は27回目で終盤に差し掛かったところである。
ちなみに私の場合は病院の方針で入院しながらの治療となった(午前中と土日はフリー)。
肝心の効果はというと、「私には限定的ながらも効果はあった」といったところである。
10回目〜15回目くらいにかけて一番効果を感じ、それ以降は劇的な変化はなかった。
体感した効果は以下の通り。
・抑鬱気分(不安・憂鬱感)の軽減
・起床時の不快感消失
・言葉数の増加(自分では気付かないが妻による)
・判断力の向上(運転など)
ただ、うつ病のせいで楽しみなどのプラスの感情がほとんどなくなっているところに抑鬱気分が低減されたものだからか、一時的に感情の波が全くなくなり、数日間何も感じなくなってしまったときがあった。
27回目を迎えた現在寛解とまではいかないが、効果はあったためやってよかったと思う。
それより、退院後2週間後から職場復帰というスケジュールなので、そちらへ向けての不安が大きくなってきている昨今である。
蛇足だが、入院は精神病院にて行われる。精神病院は閉鎖病棟となっており、中からも外からも常時鍵をかけられて出入りが制限される区域となっている。TMS治療の患者は基本的には出入り自由なので午前中は外出、土日は外泊などと比較的自由度は高いが、それでも自分が閉鎖病棟に入るなんて思いもしなかった。
入院前の説明でも、なんとか通院にできないか相談したものの、病院の方針で現在は入院のみでの対応となっているとのこと。
仕方無しに入院となったが、入院前は本当に嫌だった。閉鎖空間に閉じ込められるのもそうだし、自分が救急車に乗っていた時代、転院などで行っていた精神病棟を思い出すと「あんなところには入りたくない」というのが本音であった。
だがしかし、予想は良い方に外れて自分の入った病棟は皆普通の人ばかりで、退院のタイミングを見ている状況の人がほとんどであったため、会話も普通にできたしそこまで気苦労することはなかった。
ただ、娯楽がないためかなり暇なので、読書したり、こうしてブログなどを書いているわけですがね。
ちなみにナンプレはすぐに飽きました。暇つぶしにはなるけど特に面白くなかった。
というわけで、残り3日間最後の仕上げ、いってきます。
ちょっとその癖、やめようか
私にはどうやら「後悔」癖があるらしい。
大学の時、映画部を辞めて後悔(空手道部に入るため)。
最初に入った会社を辞めて、後悔(消防に入るため)。
消防を辞めて後悔(普通の会社に入るため)。
辞めるときにはそれなりの理由があって、新しい道へと行くことで自分の人生を進んできたはずなのだが、辞めると以前良かったことと今のギャップを比較してしまい、後悔の考えが浮かんでしまうようだ。
その後悔は、再び同じような過ちを繰り返さないように教訓とできればいいのだが、私の場合後悔そのものに目が向いてしまい、どうしてそんな決断をしてしまったんだろうと自虐的な思考、自分を責める思考が湧いてきてしまうようだ。
でもね、気づいてはいたんだ。後悔ばかりしている人生は楽しくないと。
自分としっかり向き合って最善の選択をしているはずなのだけれども、なぜか後悔が出てきて今を楽しめなくなってしまう。
これは、癖なのかなと最近思った。考え方の癖。
納得の行く最良の選択をしてきたはずなのに自然と出てくる後悔、これはもう癖である。
かれこれ20年くらいそんな考え方でいると、おかしくなっても仕方ないのかな。
今が楽しくないから、心地よくないから、楽しかった、心地よかった過去のことを思い出してしまう。
思い出すこと自体は悪いことではないとは思う。それは自分の経験であり、自分しか持ち得ない財産なのだから。
しかしそれで、自分を責めて、傷つけて、痛めつける必要がどこにある?自分というものは自分で大事にすべき存在ではないのか。自分が敵になってどうする。自分だけはいつも自分の味方でいるべきだ。
だから、ちょっとその癖、やめようか。
消防を辞めた
私は15年間務めた消防を退職した。
理由は過労、閉塞感、仕事の非生産性である。
一応それなりに人助けはできたし、救急救命士として働けたのは良くも悪くもいい経験だったと思う。
辞めたのは2023年であるが、日記を見返すと2017年時点で辞めたくて仕方ない様子が描写されていた。
辞めた一番の理由は、過労である。
24時間拘束であり夜間は休憩時間で仮眠をとれるとはいうものの、指令が入れば何をしていても対応しなければならない。
それが本当に助けを必要としているものであれば、自分の身を削ってでも対応のしがいがあるというものであるが、昨今騒がれているように本当に緊急である通報はごくわずかである。
事案の詳細は割愛するが、深夜にしょうもない事案で呼ばれるのは本当に割に合わない(昼間はまあ許すが)。最初のうちはそんな事案に対して怒りを覚えていたりしたが、そのうちまともに相手するのがあほらしくなり、感情は無と化した。
出動して、話聞いて、病院へ電話して、運ぶだけ。
悠々と自力歩行で救急車に乗ってくる人なんてザラにいる。歩けないというより、歩きたくない、みたいな。
あれは救急ではなく、市民サービスである。緊急走行の意味ある?
ゴミ屋敷とか、アル中、精神疾患とかもいっぱいいるよ。きつい、汚い、小汚いの3Kだよ。
色んな方法での自殺もあるし、様々な姿で亡くなっている人も目にしてきた。
それでもまあ、僅かな本当の緊急事案には全力で対応し、それなりにやりがいもあったけど、私はやっぱり疲れてしまったなあ。
朝帰って寝て、夕方起きて次の日出勤だからまた寝る。
最後の方は睡眠薬使っても夜中寝れなくなって、朝から疲労MAXで公園でモンスターエナジー飲んでからの出勤。
色々と楽しいこととかもあったけど、自分は「組織に殺される」と思った。
だから辞めた。
でも、どうやらそんな不規則生活に耐えられる人もいるみたいだ。
私が消防に入ったのは、世の中の片隅で何が起きているか知りたかったから。
救急救命士になったのは、それが唯一消防の中でのまともな資格だったから。
これから救急救命士になろうかと思う人へ。
志すのは悪くないと思うけど、私はあまりオススメしない。
※都市部と田舎や専任兼任やキャリア形成の仕方にもよってだいぶ違うだろうと思うので、あくまで一つの意見として捉えてください。
ちなみに今は普通の会社に勤めています。
あの過激な日々が懐かしくも思える。辞めてから気付いたいいところもあったけど、それでもやっぱり私は自分を守るために、辞めたのです。
大型特殊でハスラーでアミノ(3/4日目)
3日目の今日は教習が17時からなので、一日ゆっくりである。雨が降ってきた。降らないと車できた意味がないのでもっと降れと思いながらお昼を食べに出発。

道の駅まできた


いい感じに空いてる。ちなみに県外ナンバーも意外と多い。


お次は立岩。寄るつもりなかったけど看板に導かれてたどり着いた。

近くまで行きたかったがやめといた
行ったらのぼってしまいそうだから

気をつけ方がわからない

次は断層 見れるように残ってるってなかなか珍しいよね



北から2番目の子午線モニュメント。


とまあ、時間をつぶしたところで教習時間。今日はこれまでの教官と違う人で、またどうせ適当だろと思っていたが意外とちゃんと教えてくれた。中折れ式なので、タイヤは縁石を沿わすのではなくクリッピングポイントに向かってタイミングは早めに、操作はゆっくりと切って、ゆっくりと戻す。こうするとふらつきも少なくなる。終着点のバケットを合わせる位置はバケットを下す前に見るそうだ。昨日までの人と言ってることが違うけど±30cmはOKなので適当でいいんだなと解釈した。それと指定速度の直線20キロ、昨日までは思いっきり出せみたいな感じだったが今日は±5キロといわれた。じゃあ20キロにしとくか。
今日のアドバイスで明らかに上手くなったと思う。コースも何回も走ったのでもう覚えた。でも今はコース覚えなくても教官が言ってくれるらしい。いつからかそうなったとかわからないが、それなら少しは安心。明日は検定、朝8時20分からだ。(昨日は9時20分て言ってたんだけど)
教習終了時は19時を超えて暗くなっていた。


今日もメシがうまい

大型特殊でバイクでアミノ(2/4日目)
さて2日目の教習は9時20分から。朝ごはんは6時半から食べられるので食堂前で待機して食べまくる。小鉢取り放題、なにやらいい卵の卵かけご飯で朝からエネルギー補給はバッチリです。

7時ごろ出発。まずは天橋立が横から見える展望台。キャンプ場併設であった。もう一段高いところの展望台に行きたかったのだが、道路が通行止めであったのでここで一服。


お次は子午線公園。

立派なモニュメント。東経135度上にはこのようなオブジェがいくつも存在する。



教習にはバッチリ間に合った。というか、何かの都合で教習が1時間繰り下げになって暇時間ができてしまった。こういうの事前にわかるとおもうんだけどなあ、連絡ほしいもんだが。
まあそれはおいといて、本日も2時間乗車。今日は検定で使う1コース・2コースのルートを練習した。運転にもだいぶ慣れてきた。横に乗ってるおっさんはだんだん寝てるようにも見えたが気のせいかな?

1時間繰り下げのおかげで丁度昼ご飯が12時となったよ。さて実はここからが大変。

明日明後日は雨が降る予報が全く変わらないので、バイクを車に乗り換えるため一度帰宅。大阪に近づくにつれてだんだん暑くなってくるのがよくわかる。途中でUSBネッククーラーを装着。曇りだとよく効く。自宅で1時間ほど過ごし、晩御飯を食べに再び丹後へ。思ったんだが、車ってやっぱめちゃ楽、涼しいし。ちなみにこの時点で持参通信デバイスが5台になっていた。メインスマホ、セカンドスマホ、Android Auto用スマホ、タブレット、数日前に買ったパソコン。多すぎだろ。

華麗にホテルへと舞い戻り、何食わぬ顔で晩御飯をいただく。今日もおいしい。

明日は雨予報だから車で回ろうかな。
大型特殊でバイクでアミノ(1/4日目)
夏休みだ。
旅行禁止令が出ているので、資格を取りに行くことにした。
大型特殊免許だ。
クレーン車とかロードローラーを「公道で乗れる」だけの免許。
作業の資格はまた別になるが、これがあるとフォークリフトやら高所作業車やらの技能講習がかなり短縮されるので先に取っとくのだ。
値段は8万8千円(税込み)で、ホテルと食事つき。普通に通学しても10万くらいかかるところもあるので、ここは合宿一択だろう。
大阪から下道バイクで3時間ほど、天橋立にほど近い丹後半島にある網野自動車教習所が今回のステージだ。
途中雨も降ったが、逆に涼しいのでカッパなど着ずに到着。
お昼ご飯に寄ったコンビニで仕事の電話がかかってきたのがうっとおしかった。
弩田舎である。

あれが今回のる車。操舵方法は中折れ式といって、内輪差が全くないものであり前輪が通ればどこでも通れる(後輪操舵のものもあるらしい)。あとでやったが普通車のクランクもS字も余裕だった。

最初は本日入所の人たちと適性検査やら合宿の注意事項、お昼のお弁当の説明などがあってからすぐに実車教習へと入った。

操作方法はYoutubeで予習してから行ったが、想像以上に適当だった(いい意味で)。
最近クーラーがついた機種になったらしい。よかった。

発進方法
まずは適当に乗り込んで、ドアを閉める。このときドアを最後まで開けると車体にひっついてそのロック解除に身を乗り出さなければならなくなるので、全開にしないようにして乗る(それでもひっつくけど)。
シートとミラーの調整、シートベルト装着、左足のブレーキを踏んでエンジンをかける(ペダル配置は普通のATにプラスして、ハンドルの左側にブレーキペダルがもうひとつある。左はバケット操作の時しか使わない。運転時は右足のみ)。
バケットをあげる 右手のレバーを手前に引いてバケットを適当な位置まで上げる。さらにそのレバーを左に倒してバケットをすくう方向(手前側にピッチング)に動かす。すくうのは最後に止まるのでガツンとならないよう注意。バケット操作時はアクセルを踏むとバケットが速く動くので、それを使ってもいいがまあ現場向きということで使っていないが、一応右足だけアクセルに置いておく。この時、左足は左ブレーキをずっと踏んだままである。
ブレーキを右足で踏み、パーキング解除、ギヤをFに入れる、右合図。
左後方から五点確認した後に発進、発進後に再度右後方確認。
停車方法
発着地点手前のカーブから左合図、左後方確認、縁石30cmに寄せる。発着地点のポール位置にバケット先端をおろすので、いい感じに合わせて停車。パーキングON、ギヤをN。バケット操作 右手のレバーを右に倒しバケットを向こう側へだいたいの感じで寝かせる。レバーを前に倒し、バケット本体を地上に下す。最後地面にゴッツンといかないようやさしく(一回押しすぎて車体が浮いた)。指示器を戻す、エンジン切る。
おれがとめた。

2時限目にしてこの正確さ。天才である。

あとは、車体中央に座席があるので右に寄りがちなのを注意する。ハンドルを戻すタイミングが遅れるとふらつくので、少し早めに戻しておく。指定速度20キロを出すところでふらつくとなんか危なっかしい動きになる。
終わったので早速ホテルでシャワー。普通のシングル。湯量は豊富。

窓からの景色。すぐ近くにスーパー、ホームセンター、コンビニがあるので便利


ご飯食べ放題 めちゃうまい

Wi-Fiも十分。

スーパーに買い出しに行って、寝た。
